誰が・どこで・何を言ったか

2026年8月13日、たかまつなな氏のチャンネル「Social Action!」に泉房穂氏が出演した73分。新宿の雑居ビルの一室で収録されている。

聞き手は若者の政治参加を専門に活動している人物で、そのぶん質問の角度が他の出演番組と違う。新党の話から入りながら、議論の中心は子どもを政策の対象としてどう扱うかに移っていく。新党の説明ではなく、その人が何を考えて政治をやっているかが出ている回である。

明石市長として最後に作った制度

政策の考え方が最もはっきり出るのが、退任間際に作ったという仕組みだった。国の児童手当が中学生までだった当時、明石市が独自の財源で16歳・17歳・18歳にも支給するというものである。

この拡充自体は公表資料で確認できる。月額5千円、所得制限なし、支給総額は年間約4億9千万円で、2023年度の当初予算に盛り込まれた。国の児童手当が2024年10月に高校生年代まで広がり所得制限も撤廃されたため、市独自の上乗せとしての役割は終えている。

そのうえで本人が語った要点は、金額ではなく申請と振込の相手だった。申請してくるのは親ではなく子ども本人で、子ども自身の名義の口座に市が振り込む。親に黙っていてもいい、と伝えたという。

これは明石市から君への応援だと

この運用について補足しておく。運営者が確認した範囲では、本人名義の口座に振り込んだという記載は市の公表資料に見つからなかった。制度のページは現在404で、国の制度に統合された後の児童手当については、市のサイトに「児童・配偶者名義の口座には振込できません」と明記されている。上の運用は、市独自制度だった当時について本人が語った内容として読んでほしい。

同じ発想は、審議会の構成にも及んでいる。性別についてどちらか一方が6割を超えないこと障害のある人を1割以上とする条例を作った。参考にしたのはルワンダ憲法だという。大虐殺の後に作られた憲法で、国会議員の一定割合について性別・年齢・障害が規定されていることに驚いたと述べている。若者枠も入れたかったが、そこは届かなかったという。

40年前のレポートが出発点だった

なぜその発想になったのかを問われ、学生時代にさかのぼった。東大の教育学部でデカルトを扱っていたころ、レポートにこう書いたという。

子どもは親の持ち物ではないと、子どもは自身が主人公なんだと

アジアには「自分の子どものことは親が見なさい」という価値観が強く、それを脱すべきだと書いた。それが40年前。日本の法律に子どもの権利が書き込まれたのは2016年で、「10年前まで子どもの権利という概念がなかった」という認識を示している。

背景として、四つ下の弟に障害があり、地元の学校に通うことすら難しい環境で育ったことを挙げた。弁護士になったのも政治家になったのも目的は同じで、困っている人を社会全体で支える形を作ることだと述べている。

「明石は少子化対策なんて掲げたことがない」

よくある批判——明石市は人口の取り合いをしているだけで少子化対策になっていない——に、正面から答えている。

その批判はそのとおりだというのが本人の回答だった。ひとつの自治体がやったところで少子化は解決しない。住宅・雇用・結婚の問題が絡むので、自治体単位でできることは限られる。ただししないよりはした方がいい

そのうえで、自分がやってきたことの位置づけを訂正している。

明石市は少子化対策なんて掲げたことないです。子ども目線の子ども政策を中心にやってた

子ども支援と親支援は別だという整理も示した。給食費の無償化は親支援である。しかし子どもからすれば腹いっぱい食べたいのであって、無償になっても足りなければ意味がない。両者を混ぜると政策の評価がずれる、という指摘だった。

政策は世界から借りてくる

海外の制度をどう取り入れているのかという問いに、方法は単純だと答えた。ネットでほぼ無料で情報が得られ、翻訳もできる。意識してアンテナを張っていれば見つかる、と。

具体例が3つ挙がった。

ゼロから考えなくても、地球のどこかでうまくいってるとやるとか、真似したらいいやん

ペットの生体販売についても、フランスが2年前に全面禁止したことに触れ、日本では議論すらされていないと述べた。明石市長時代の公約に動物センターを入れ、殺処分施設は作らなかったという。

「数年後は大体分かる」

明石市で先行して始めた制度は、その後いくつも国の政策になったという。保育料の無償化を始めたとき財政当局から不安を指摘されたが「数年後に国がやるから」と答え、3年後に実現した。所得制限のない児童手当も同様で、2年後に国が追随したと語っている。

その感覚を、本人は変わり目を読む力として説明した。ただし主張の力点は別のところにある。

できないと思い込んだら、政治の必要ありませんやん

行政はこれまでやってきたことを粛々と続けるのが仕事であり、それを変えるのが政治家だという整理である。課題が残っているのは官僚のせいではなく政治家が仕事をしていないからだと述べた。国会議員については、必要な法律が無いなら議員立法で作ればいい、立法府なのだから、と続けている。2003年に衆議院議員だったときに、年金の谷間にいた障害者を支援する議員立法を実際に作ったという。

新党でひろゆき氏と一致している点

対談の終盤で、新党についての整理が入った。

党勢拡大なんか何の興味もない

政党を大きくすることは手段であって目的ではない、というのが両者の共通認識だという。ひろゆき氏はフランスに住んでいるため、フランスで当たり前にできていることが日本でできない理由を問うてくる。「できますよ、明石でやってます」と答えると「じゃあやらせましょうよ」となる——そこが一致点だと説明した。

聞き手が「ひろゆき氏はアンバサダー的な顔役だと思っていた」と述べたのに対し、本人は否定している。いじめの通報義務、公教育の立て直し、日本の伝統文化やペットの問題まで、具体的な政策が次々に投げられてくる状況で、それを実現可能な形に整理しているのが今だという。

運営者コメント

この回は新党の説明としては薄く、人物の記録としては濃い。公正証書や区長選の話はほとんど出てこない。代わりに、なぜこの人が「首長を変える」という手段を選んだのかが分かる。

児童手当を子ども本人の口座に振り込む制度は、金額ではなく宛先を変えたという点で象徴的である。親を経由しないことで、子どもを支援の対象から権利の主体に移している。新党が掲げる政策の中身がまだ見えない段階で、泉氏が何を「良い政策」と呼ぶのかを推し量る材料になる。

一方で、ここで語られた実績はすべて市長として権限を持っていたからできたことでもある。新党が擁立するのは、その権限をこれから取りに行く人たちである。同じことが、地縁も実績もない新人にできるのか。10月の公募要項で、候補者に何を求めるのかが最初の答えになる。

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